2021-05-13 第204回国会 参議院 経済産業委員会 第4号
一九四八年六月十八日、当時の衆議院の鉱工業委員会の中で、この特許法等の改正案の審議が行われています。政府の提案者は、この改正の提案理由の要点について四つ説明をしているんですけれども、そのうち第一の要点について紹介をしてください。
一九四八年六月十八日、当時の衆議院の鉱工業委員会の中で、この特許法等の改正案の審議が行われています。政府の提案者は、この改正の提案理由の要点について四つ説明をしているんですけれども、そのうち第一の要点について紹介をしてください。
○政府参考人(糟谷敏秀君) 一九四八年六月十八日の衆議院鉱工業委員会において、当時の正木商工政務次官が行いました特許法等の一部を改正する法律案の提案理由説明について、議事録の関係部分を読み上げさせていただきます。 「第一は、日本国憲法の戦争放棄の規定との関係上、いわゆる秘密特許制度を廃止したことであります。
見てみますと、一九四八年六月十八日の衆議院の鉱工業委員会で、戦後の法律ができるときの趣旨説明の中で、公開原則については、憲法の戦争放棄の規定との関係で戦前の軍事機密特許については廃止したということが述べられております。 それで、伺っておきたいのは、しかし、現在も実は秘密特許があるんじゃないですか。それは、出願番号八〇〇〇〇〇台で秘密特許になっているのがありますが、今何件ありますか。
そして、複数ページある資料の三ページ目をちょっとごらんいただければと思っておりまして、これは国会図書館に、戦後開かれた衆議院での過去の公聴会を、公述人の人数の多い公聴会をピックアップしてもらったものでございますけれども、昭和二十二年、鉱工業委員会の公聴会は六十二人も呼んでいる。通商産業委員会の公聴会では、昭和二十五年ですけれども、四十四人の公述人を呼んでおられる。
ただいま、 アフガニスタンの上院議員であられ、農鉱工業委員長のミスター・アブダル・ワキルさんが参議院に参られまして、農林水産委員会を傍聴に見えられました。御紹介申し上げます。 〔拍手〕 —————————————
○多賀谷委員 今思いつきで志免のお話をなさいましたが、かつて社会党の石炭国家管理法案を出したときに、今ここにおられまする伊藤先生が鉱工業委員長でしたけれども、自民党の諸君が出したのは、勝田炭鉱と志免炭鉱を見てみろ、勝田は自由競争で非常にいいじゃないか、志免はこんなに悪いじゃないかということで宣伝したのですよ。現実はどうかというと、勝田はずっと赤字続きで、ほとんど気息えんえんですね。
すなわち、第一国会、昭和二十二年十一月二十二日の会議において、すべての動議に先だち直ちに鉱工業委員会において審査中の臨時石炭鉱業管理法案について鉱工業委員長の中間報告を求める動議が提出され、院議でこれを可決したのでありますが、委員長伊藤卯四郎君が同委員会における審査の経過を報告したこと以来のことであります。
然るに昭和二十二年七月鉱工業委員として、当時問題となつておりました石炭国家管理問題について実地視察のための御出張中に、不幸にも病魔の冒すところとなられまして、遂に再起せらるることなく御永眠なされましたことは、誠に本院のためにも又国家のためにも、惜しみても余りあることと申さねばなりません。 石炭鉱業の問題は資源の貧困な我が国にとりまして常に新たなる問題であります。
それは十月の十一日であつたと当時私は鉱工業委員長をしておつて取扱つたのでよく覚えております。ところが十一月十三日になりまして、今度は参議院でこういう質疑応容があつたのであります。この問題を認めるか認めないかと念を押したのに対して、当時の水谷商工大臣は、この点は全然含んでおりません。こういうものは損失補償の目的ではありませんと、はつきりお答えになつております。その点を私は指摘したわけであります。
○村瀬委員 鉱工業委員会の昭和二十二年十月十一日の西田当時の委員と平井政府委員との應答を見ますると、その点は必ずしもはつきり今通産大臣のおつしやる通りこういう場合は全然考慮してないとは言えない速記があるのであります。今これを水かけ論的に議論いたすのは時間がありませんので、少なくともこれは十分間になる点であるということを、私は指摘しておくにとどめたいと思います。
私はおつたわけではありませんけれども、私丁度鉱工業委員長をやつていたときに、亞炭の統制を外して呉れという運動が非常に起きて、これを外すと直ちに今度は逆にもう一遍統制の枠に入れて呉れという話が出て來たんです。
私は鉱工業委員長でありましたが、あの当時亞炭の方の陳情を受けましたのは、高品位炭の方ではなくて、亞炭業者から受けましたことをはつきり申上げます。そこで成る程栗山さんの言われるように純経済問題以外に社会問題というものを取入れる、公共の福祉ということを取入れる、これはもう私同感でありまして、それも十分考えておるのであります。
前の議会で問題になりました大辻炭鉱の例をとりましても、有力な人で、元代議士をやつておつたような経営者が、みずから公然とあいくちをふところに入れて、労働組合の事務所に一箇月もがんばつて、そうして反対するなら承知しない、労働組合の諸君はわれわれが引受けたといつたような、一種の威喝をもつて、大辻炭鉱に相当の波瀾がありまして、遂に貝島炭鉱の手から、一種のボスの手に名義の変更が行われたということは、衆議院の鉱工業委員会
○証人(日野原節三君) 例えば社会党の稻村順三代議士等のあの当時における鉱工業委員会小委員会における言説等はその一例でございます。
炭鉱團管の問題のときには、水谷前商工大臣、鉱工業委員長伊藤卯史郎君等に対しては、二人とも暗殺團を組織して東京までつけねらわれた。そういうようなことで、事実か、事実でないかわかりませんが、とにかく正しいことを正しいとして率直に主張すると、必ず暴力行為がつきまとう。
ことに商工大臣は当時参議院の鉱工業委員長をなすつておられて、非常に御熱心におやりになつたことは私どもの記憶にとどまつておるのでありまするが、石炭國管法が昨年の四月から発動しておる。一昨年は三千万トンの目標でありましたが、三千万トンが確保せられた。
と言うのは、私はかつて鉱工業委員といていろいろ御報告を承りました経驗によりますと、結局安本においては、化学二課の農林省の係の方が出て、この塗料のいろいろの計画を立てておられる。そこに私は一つの隘路があると思う。
硫化鉱に対してはこの前の鉱工業委員会において、二箇月間の特別の期間を限つて、硫化鉱の増産に積極的に協力をいたして來たのでありますが、その後官廳側においても民間においても、硫化鉱の問題についていろいろ論議する機関ができたのでありますが、今日なお二箇年にわたつて硫化鉱の問題が依然として解消しないというような状況でありますので、この際化学局長さんに、肥料を担当しておられる責任者の立場として、硫化鉱の問題について
○豊澤委員 もう一つ最後にお伺いしたいのですが、前議会におきまして鉱工業委員会が全会一致で決定いたしました、特許局の公報の出版が非常に遅れて発明者に非常に迷惑をかけておるというような事実、あるいは開放研究所の研究補助費がきわめて少くして、優秀な発明ができておらないというような事実、あるいは発明の実施化試驗補助費が非常に少いというような点から問題になりまして、これの補助費を予備金からとるということを大藏省
それから今言いました鉱産物輸送の問題で尾去澤、小坂、花岡、松尾などは非常に困つておりまして、この前鉱工業委員として調査に行きました際に、盛んにこの陳情がありましたから、十分早急にこういう手を打つていただきたいと思います。
○帆足計君 先般発表されました四原則につきましては、私も当時最初の過度の経済力集中排除法の審議に当りまして鉱工業委員としてこれに参加したものであります。当時委員会におきましてほぼこの四原則と同様の趣旨の運用上の解釈が委員会において確認されております。そうして速記録にこの趣旨は概ね載つている次第であります。
本委員となられた方々は前商業委員長堀川恭平君、鉱工業委員長伊藤卯四郎君、電氣委員長前田榮之助君を初め、すべて前の商業、鉱工業、電氣の委員てあられた方々でありますから、ふなれな私でありますけれども、豊富なる御経驗と御抱負をもつて十分に御指導、御鞭撻をくださるよう、何分の御協力をお願いする次第であります。 以上簡單でございますが、委員長のごあいさつといたします。
○武藤委員長 一票の問題がその当時大問題でありまして、鉱工業委員の行動というものは非常に注視を受けておつたと思いますが、当時あなたは同じく参議院議員であります島田千壽君とお会いになつたことがございますか。
○武藤委員長 鉱工業委員会で投票をいたします朝、島田氏があなたを迎えに参りまして、御一緒に登院をせられたことがございますか。
○武藤委員長 あなたは昨年いわゆる石炭國家管理法案が問題になつた当時に、参議院における鉱工業委員会の委員をしておられましたか。